昭和52年01月30日 朝の御理解



 御神訓 ―、信心の心得
 「子を産むは わが力で産むとは思うな みな親神の恵むところぞ。」

 昨日は二十九日ですから、敬親会恒例の新年宴会がございました。中で私は大変有り難いと思った事は、佐田のおばあちゃんが会計をなさっとられました。その後を千代田さんが引き継がれたわけでございます。それで宴半ば急に千代田さんが「皆で佐田のおばあちゃん有り難うございますと言いましょうや。」と言うて大きな声で叫ばれるんです。「今日はキット佐田のおばあちゃんもこの私共のこの宴会に見えとるに違いないです。」と言うて言われます。
 言うならば佐田のおばあちゃんが生前、色々と敬親会の事の上に、色々尽くされたという事だけではなくて、あの尊い言わば信心、それに依っておかげを受けられて、もう本当に私共の手本になる様なお国替えのおかげを頂かれた。やはりその死に様にも一つの手本があるという事を、昨日私は感じました。そういうそのお悪い時から、段々いよいよ悪くなられておかげを受けられた話を皆さんが聞いておられますから。
 そういう良い手本を残して下さったおばあちゃんに、おばあちゃん有り難うございますと言いましょうやと言うのです。皆が一緒に手を叩いて、「佐田のおばあちゃん有り難うございます。」と言うのを私は聞きよってからね、何か佐田のおばあちゃん万歳という風に聞こえたんです。生きるも死ぬるも自分の力でどうする事も出来ません。子を生むに我が力で生むと思うな、皆親神が恵むところぞと仰せられますが、死ぬるにも自分で死ぬるという事は出来ません。神様のおかげを頂かなければ出来ません。
 所がやはり自分で生むと思うていわゆる産みの苦しみを感じたり、やはり自分で生きよう、自分で言うならば死を自分の意思通りに死にたくないとか死にたいとか言うのでなくて、もう委ね切った、任せ切った、親神様の働きに委ねる心というものがです、なら佐田のおばあちゃんのあの、それこそ死の直前迄有り難うございますを言い続けられて、それこそそんな筈はないと言われる、癌がこのお腹一杯にはびこっておったと言うのにも関わらず、只お医者さん方が首をひねられるばかり食べ物が美味しい。
 お見舞いに人がぼた餅を持って来ると、そのぼた餅いっちょ頂こうかと言うて頂かれたというのですから、もう只驚きと言うか恐れ入るばっかり。信心の徳、信心のおかげというものはこんなもんだと、本当に隣り知らずの安産のおかげが頂かれる様に又私共もです、それこそ隣り知らずのとても言葉は違いますけれども、本当に言うならば安楽往生が頂けれる。しかもお礼を言いながら、成程佐田のおばあちゃん万歳だと私は思うのです、ね。力むと言う事がいけません。
 神様のおかげでという、これはもう勿論信心の徹底した頂き方が段々出来て来る様になってからの事でございますけれども、場合には力んでもみる、弾んでもみる、そして人間のする事のどの程度の事かという事が分かった時にです、もうとにかく神様のおかげを頂かなければ立ち行かんのだという実感。そういう実感が、どこから頂かれどこから生まれて来るだろうか。自分の言うなら業の深さ、自分のめぐりの深さにホトホトと愛想の尽きる程しに感じられた、私は佐田のおばあちゃんをそう思うですね。
 毎朝毎朝ああして、もうそれこそ七十七にもなられるというおばあさんが朝の御祈念に参ってみえる時に、あの障子を開けて入ってみえる時に、もう走り込んで来る様にして入って来られる、勢いがね。あそこからおばあちゃんの一日が始まったわけでしょうけれどもです、御理解を頂いて有り難い有り難いと、もうお年寄りに似合わず大変理解力の強い方でしたから、だから良く分かられるんです。
 本当有り難そうにしておられる時があるかと思うと、もう分かってはおるけれどもどうしても有り難くなれないというものにこう行きつく。そういう壁に当たっておられる時にはここからお話をさせて頂きよってからです表情が崩れないです。表情が固いです。それでもやはり助かりたいから毎朝やっぱり参って見えるんです。自分の心ん中に有り難い有り難いで入る時には、もう本当にもうそれこそ有り難い言うならば態度と言うか、顔の表情までが有り難そうになられるんです。
 分かる、お話がそういう理解力がありますから分かる、分かるけれどもそれが自分に出来ない。その苦しさをよう此処から感じられる時がございました。ああおばあちゃん又苦しんでおれるなという感じです。いわゆる人間の言うならばめぐりというか女の業と言うか、そういう人間の性、さがですね、のデリケ-トな事に自分自身もうホトホト自分というものに愛想が尽きる程しに思われる様な事がしばしばあった様に思います。そういうものが段々四十日間ですか、寝まれてる間にやっぱり出て来るんですね。
 そしてあの病院に寝とられる頃からそういう何というですかね、そういう持って来ておった言うならば汚いものというか癌というか、そういうものが取り外れたのではなかろうかという位に二人見る様に病院に行かれてこっちは変わられた。毎日毎日お届けがありますが、毎日毎日の病状を此処で佐田さんがお届けをされます。それにとにかく只まあ言うならば有り難いばかり。食べ物が美味しい、痛みはない。始めの間はもう半ばでしたでしょうね、癌という事が分からなかった。
 所が子供さんが、佐田さんの弟さんがお医者さんですから、大変偉い先生同道で見えられて、色々検査をされた所が、その入っとられた病院の先生の見立てとは全然違って癌である事が分かった。しかも最後的には、今はもうお腹中に癌がはびこっておってどうにも出来ない。どこから血を取っても癌だったといった様な状態の中に、しかしこれが苦しみがないとか、第一その食事が頂けれると、しかも美味しう美味しう頂けれる事は、もう医者では分からんちゅうてやっぱり首をひねりなさるばかりだった。
 もう恵美子さんあんたと同じ屋根の下に寝みたい過ごしたいと言われるけども、これが普通ならそうしなさいと言う所でしょうけれども、どっこいお医者さんの立場としてです、息子さんがお医者さんですから、お医者さんの立場としてならこういう重体の病人を家に帰すわけにはいけないというのが、まあ言うなら一つの心残りだった様でありましたけれどもです、もうとにかく眠られる時には、もうこのまま恵美子さん眼が覚めん時には私は極楽だから親先生にお礼を言うてくれ。
 もう寝みに入られるたんびんのそれが言葉であった。そこで私はそういうその安らかな、生まれる事も死ぬ事も、同じという意味で聞いて頂いた訳ですね。子を生むのは自分の力で生むと思うな、皆親神の恵むところであられる様に、私共が死ぬると言うてもやっぱりそうなんだ。そこに我情が入り我欲が入り、人情が入るから難産になったり苦しんだり、言うならば死の断末魔の苦しみといった様な事に私は成るんだという風に、今日は聞いて頂いとります。
 そこでそういう心の状態が段々開けて来るおかげを頂くために、私はいよいよ自分が分からなければいけないという事でございます。そういう意味で佐田のおばあちゃんは自分が分かっちゃる。段々分かって来られたんですね。人間じゃからこの位の事は当たり前、その当たり前では助からないという事が分かられた訳です。自分がこういう言うならばめぐりを持っておる事に依って、自分が苦しむだけじゃなくて自分の周囲の者までも苦しめる事になるんだと。
 自分をギリギリ見極めた時に、人間だから女だからそれが当たり前だというのではなくて、そこん所に取り組んでおられた。自分を掘り下げる事になりますと、それこそ有るは有るは、助からない基が一杯有ることに気が付きます。信心を掘り下げると言う事でございます。信心させて頂いて、何が一番願いでなからなければならないかと言う事は、やはり神様がお喜び頂けると言う事なんですけれども、神様が一番喜んで下さるのは、四神様が仰っておられる様に神様は三きが一番お喜ばれると。
 それは有り難き、もったいなき、畏れ多きじゃと仰ったが、私共は有り難きとか勿体なきと言う事を、自分の信心に依ってどうしても頂かなければいけません。畏れ多きというのはその後に頂くもの。神様がいよいよ分からせて頂いて畏れ多きと言う事になってくるもの。自分というものが掘り下げられる、いよいよギリギリの自分が分かる。こういう自分にこういうおかげを受けておると言う事が。
 本当に勿体ないやら相済まないやらと言う事になります。私の様な者がこんなもの頂いて良いでしょうかと、例えばお食物一つでもです。自分というものを掘り下げて参りますと、それこそ高橋正雄先生ではないですけれども、食べる資格はない着る資格はないという所に行くんです。私もそれを体験しました。食べる資格はない、着る資格はない。それがならと言うて食べん訳にはいけませんから。
 一日一食のしかも粥食を一椀と言う事の様な修行にも入ったわけです。とてもとても着る資格はない。その自分が分かった時に、とても人の様にぬくぬくとした着物どん着とるという資格はない。冬も夏も夏服一着で過ごしたというのもそういう時代です。ギリギリのものを見極めて行く時にです。そういう自分にそういうものを身に付けたり食べたりする資格すらない程しの。
 自分というものを見極めて行けます。それを言うならば掘り下げると。そこでそんならば自分の様な者がこんな物を着て良いだろうか、自分位な者がこういう物を頂いても、食べても良いだろうか。所がそれを着せて頂いておるのであり食べさせて頂いておるのである、そこに勿体ないが生まれて来るのです。本当に勿体ないと言う事はそういう所から私は頂けるんだと思う。
 もうこん位のもんな着るとは当たり前、こん位のものは食べるとは当たり前。そこに今度は気に入らんとこげな物が着られるか、こげな物が食べられるかと言う様な不平にまでも不足にまでもなって来るんです。信心はもういよいよ自分を極めて行く、深めて行く、信心を深めると言う事はそういう事だと思う。信心を高めると言う事は、いよいよ高度な信心になって行くと言う事は、愈々御教えを拝聴する事。
 今まで知らなかった事、言うなら信心も山登りも同じと言われる様に私共がそういう高度な信心、言うなら神心を目指したからには、自分というものが掘り下げられると言う事と同時に、自分が段々高められて行かなければならない。少しでも今までの自分であってはならない。その高められる事を教えに基づいて登って行くのです。それを信心修行と言うわけですけれども、高められれば高められる程視野が広うなって来る。
 心が広う大きくなって来る。それが信心が高められると言う事です。今まで見えなかった所が見えて来る様になる。信心を深めて高める所に、愈々個々の信心の有り難さというものは大きくなって行く訳です。そこから初めて神様の言うならば恐れ多きと言った様な事は段々分かって来るのであって、まず勿体ないまず有り難いというものを身に付けて行かなければなりません。そういう勿体ない有り難いが分かって来る時にです。いよいよ成程これは死ぬる時生きる時だけ生まれる時だけではない。
 神様のおかげを頂かなければ立ち行く事ではない。その有り難い勿体ないの中から言わば頂けれるもの、その有り難き勿体なきの中から言うならキャッチ出来るもの、それが私は安産のおおみかげであり同時に安楽往生だという風に思います。勿論これは安楽往生と死ぬる時生きる時だけの事ではありません。その中間に置いてもですそれこそ夢にも思わなかった様なおかげというのは、そういう信心から生まれて来るもんだと思うですね。
   どうぞ。